企業は事務所やオフィスの移転が決まると、引っ越し業者の選定や新オフィスのレイアウト、各種登録手続きなど、やるべきことがたくさん発生しますね。
そんな中、忘れてはならないのが退去するオフィスの原状回復です。
アパートなどの賃貸物件でも、退去する際に修繕の名目で敷金から引かれる費用がありますよね。それと同様に、企業が借りる事業用物件においても退去時には原状回復工事を行い、その費用はテナント側が払わなければいけません。オフィスの場合、さまざまな設備があるだけでなく、面積も広いため、必然的に、原状回復工事の費用も大きくなります。
そこで今回は、
オフィス移転が決まった企業の担当者時に原状回復の基礎としてぜひ知っておいてもらいたい情報をまとめました。
原状回復とは
原状回復とは、不動産用語のひとつで簡単にいうと「ある事情によってもたらされた現在の状態を本来の状態に戻すこと」です。
もう少し詳しく、公的な定義も確認してみましょう。
国土交通省が公開している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」によると、
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
と定義されています。
一般的に、賃貸契約を解除する際は、物件を「原状回復して」明け渡さなければならない旨が契約書に規定されています。したがって、賃借人(テナント)は、物件の原状回復義務を負い、そのための費用は賃借人負担となるわけです。
ただ、いわゆる経年変化、通常の使用による損耗等の修繕費用は、賃料に含まれるものとされており、通常損耗の修繕は賃借人の負担にはなりません。
賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン
上記でも少し触れましたが、原状回復に関しては、国土交通省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」というものを発表しています。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が出された背景として、原状回復費用の範囲や金額に関して、賃貸人と賃借人の考え方が異なることが多く、トラブルが多発したことが一因になっています。
平成10年3月に、国土交通省(当時は建設省)が原状回復に関する裁判例等を集約して、原状回復に関する費用負担等のルールに関するガイドラインを公表しました。
その後、平成16年2月にも更新が行われ、平成23年8月には一層の具体化が図られ、原状回復のガイドラインがを再改訂されしました。この再改訂版が、現在のガイドラインになります。
ただし、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」には、注意点があります。
- 賃料が市場家賃程度の民間賃貸住宅を想定している
- 賃貸借契約締結時において参考にすべきものである
- 既に賃貸借契約を締結している場合、現在の契約書は有効であるため、契約内容に沿った取扱いが原則。ただ、契約書の条文があいまいな場合、契約締結時に何らかの問題がある場合は、ガイドラインを参考にして話し合いをすべきとされています。
原状回復に関する考え方として参考になる箇所は多数あるのですが、オフィスの原状回復を想定して作られたガイドラインではなく、このガイドラインが法的拘束力を持つわけでもないということは注意が必要です。
ただし、マンションの1室のような小規模事務所では、「実態において居住用の賃貸借と変わらない」とみなされ、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に沿った原状回復費用が認められたケースもあります。
同じような判決が出るかどうかはケースバイケースになってしまいますが、オフィスの退去に伴う原状回復の場合でも、このガイドラインはひとつの参考として確認しておくと良いでしょう。
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「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」はオフィスでも有効?
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、民間賃貸住宅についての賃貸借契約における原状回復に関するトラブルを未然に防止するための一般的なルールです。国土交通省がまとめました。 このガイドラインは、 ...
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注意!原状回復費に関する特約事項
先に賃貸借契約においては、いわゆる経年変化、通常の使用による損耗等の修繕費用は賃料に含まれると書きましたが、通常損耗の修繕費用を賃借人に負担させる旨の特約が、当事者の合意のもと設けられることがあります。
契約というものの性格上、賃借人側が特約による義務負担の意思を示していなければ成立しないものではありますが、入居時にどのような契約を結んだのか、よく確認する必要があります。「特約に書いてある」という賃貸人の主張と、「そんなことは知らない」という賃借人の主張がぶつかり合うことは珍しくありません。
トラブルにならないためにも契約時が大切になってきます。
特約が成立する要件
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、特約が成立する要件を以下のように規定しています。
- 特約の必要があり、かつ暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
この3つの条件を満たさない限り、特約は成立しません。
しかし過去の裁判例では、特約は条件次第で有効とも無効ともなっていますので、注意が必要です。入居時の契約条件が退去時に大きく影響するため、移転先のオフィスを新たに契約する際にも、原状回復の項目については気をつけておきたいですね。
原状回復でトラブルが生じやすい理由
国交省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を策定しなければならなかったほどは、原状回復費用に関してはトラブルが絶えませんでした。ガイドライン自体は民間住宅を想定していますが、原状回復のトラブルが多いのは、オフィスでも同様です。
特に多いのが、「原状回復工事の見積もりを出してもらうと、想像を超えて高額に算出されている」というものです。
では、なぜそのような事態が発生するのでしょうか。主な理由としてに以下のようなものが挙げられます。
賃借人と業者の知識量の差
賃借人は普通、建築や不動産などの専門知識を持っていません。頻繁に移転している会社でもない限り、相場観も持ち合わせていないでしょう。
したがって、見積もりを見ても内容や金額の適正性が判断できず、なし崩し的に業者側の言い値で金額が決まってしまいがちです。
また、個人オーナー所有のビル物件に見られるケースですが、敷金・保証金とほぼ同額の原状回復工事の見積もりが出てくることがあります。
これは、賃借人に知識がないことをいいことに敷金・保証金を返さなくて済むように帳尻を合わせている疑いがあります。
指定業者による実質独占的契約
賃貸借契約書の多くは「原状回復工事はビルオーナー・管理会社の指定工事業者に依頼しなければならない」という内容が盛り込まれていることがあります。つまり、工事業者があらかじめ決められているのです。
指定業者が固定してしまっている場合、競争原理が働かず自然と高い見積もり金額が算出されがちです。賃貸人は自分が費用を負担するわけではないので、無理に安い業者を探す必要はありません。しかし、費用負担する側の賃借人は、他の業者から相見積もりを取ることも、オフィス移転コストを下げるために安い工事業者を選探すこともできないのです。
業界の重複構造
多くの原状回復工事では、ビルオーナーが発注すると、工事業者はさらに下請け業者に工事を発注します。下請け業者はさらに孫請け業者に工事を発注、孫請け業者はさらに職人や技能士に仕事を発注します。
原状回復工事は、何度も発注が繰り返される重複構造になっているのです。
当然、途中で各業者がマージンを抜いていくため、原状回復に必要なトータルコストが高くなります。、こうして賃借人であるあなたの手元に届く見積もりは高額になってしまうというわけです。
工事対象範囲が不明確(原状が確定されていない)
どこまでが工事の対象となるのか範囲があいまいだと、工事が不要な箇所まで見積もりに含まれてしまう可能性があります。
例えば、本来なら原状回復費を負担する必要のない通常損耗が含まれているケースや、天井や床の一部箇所だけを修繕すれば十分なのに全面張替えとして見積もられているケース、設備を“原状回復”するのではなくアップグレードしているケースなどがあります。
※原状回復費の問題や解決方法についてもっと知りたい方は、こちらの記事も参考になります。
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オフィス原状回復の際に確認すべきこと
オフィス移転が決まったら、まずは賃貸借契約書を確認しましょう。
そして、どこまで原状回復を行えばいいのか、指定業者がいるのか、特約などが定められていないかどうか、義務や範囲などを確認しましょう。
また、原状回復工事の見積もりが届いたら、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」やこのサイトの記事などを参考にして、見積もりに余計なものが含まれていないか確認してください。
もしも見積もりがあまりに高額だったり、原状回復の範囲がおかしかったり、見積もりが正しいのか疑問を感じた場合、専門家に相談するのも1つの方法です。
適正な見積もりに直させたり、付け焼き刃の知識で自分で交渉したりしようとしても、なかなか踏み込めないのが現実だと思います。そうした時に専門家は心強い味方になってくれることでしょう。
RCAA協会理事長 萩原 大巳 コメント
原状回復における改正民法の位置づけ
改正民法では、「原状」を貸主・借主で共有し、原状回復工事の詳細を明文化することが義務づけられました。上記は、借主の権利を保障する法案です。
※詳しくはこちらをご参照ください。