賃貸物件から退去する際に必要となるのが「原状回復」です。
原状回復は工事範囲やその費用に関して、テナントとオーナー間でのトラブルが多く、裁判が行われることもあります。その判例は、あなたに今起きているトラブルを解決する。もしくは今後起こりうるトラブルを未然に防ぐうえで貴重な情報源となります。
しかし、事業用不動産の場合は、判例が少ないという現状があります。
今回は判例が少ない理由をはじめ、法的に事業用不動産の原状回復というものを見た場合の問題点や社会的背景、トラブルを未然に防ぐためにできることなどをまとめました。
原状回復は法的にどのように定義されているか
法律家や業界関係者の間で原理原則として確定しているのが、平成17年の最高裁判決(2005年12月16日判決:事件番号平成16年受1573)です。
(参考URL:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62594)
住居物件の敷金返還請求を争った事件ですが、オフィスや店舗など事業用不動産も含めた考え方が示されたとされています。ここでは裁判の中身については省略しますが、ここで示された原理原則をよく反映していると目されているのが改正民法第621条です。(2020年4月より執行)
これが賃借人にとっての原状回復の法的な位置づけです。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
改正民法第621条(賃借人の原状回復義務の定義範囲工事内容の明文化)
なぜ事業用不動産は、原状回復に関する判例が少ないのか?
事業用不動産の原状回復の判例が少ない理由は主に以下の2点が考えられます。
- [原状回復特約の有効性]
住居と違い、使用目的により損耗具合が大きく異なるため、事業用不動産の原状回復の基準はケースごとの契約書、特約が存在します。さらに原状回復費用に関しては、ビルの運営ルールによって施工条件・施工体制が変わるため、これもケースバイケースです。そのため、法的に基準を作ることが困難という面があるのです。 - [原状回復は建築、設備・借地借家法など専門家でないと理解できない]
実際に裁判となる場合、原状回復という建築・設備に関わる専門性の高さから原告・被告・裁判官側にそれぞれ専門家が介入して争点を洗い出すなど、労力が多くなり、裁判が1~2年と長期化してしまいます。
事業用不動産の場合、使用目的以外にも貸し出す際の状態がスケルトンだったり、テナント自身が入居工事(原状変更)を行うためにそれぞれのテナントにより原状回復内容は異なります。賃貸契約内容・期間、そして原状回復の基準もケースバイケースです。
なぜこのようなことが起きるかというと、そもそも事業用不動産の場合、テナントもオーナーも事業として設備投資の回収を前提としているからです。そのため契約内容も多岐にわたってしまうというわけです。
このような背景があるため、裁判のハードルが高く、費用も高額になります。このため事業用不動産の原状回復に関する判例が極めて少ないのです。
事業用不動産の原状回復の問題点は法的にどうなっている?
テナントからすると原状回復工事に納得がいかず、一般社団法人RCAA協会及び協会会員スリーエー・コーポレーションへ相談するテナントが微増しております。
テナント側が考える問題点は、法的にはどのような原因なのしょうか。
指定業者による原状回復工事費高騰問題
オーナーが原状回復工事等の業者を指定している場合、他業者と競争原理が働かないため工事費用が高額になります。
法的には、「合理性があれば指定業者を定めた特約に効力がある」と認められます。
「建築物における衛生的環境の確保に関する法律(いわゆるビル管法)」では、オーナーとその依頼を受けた業者にはテナントに対して安全・安心を提供する責務があるとされています。
例えばエアコンの故障や停電などに対しては即座の復旧が必要です。またビルの構造そのものを工事する際、技術に不安のある業者に依頼して安全性を疎かにすることはできません。こうした点からみると、業者を指定することは合理性があるといえます。
しかし、建物・設備などとは直接関係しない什器、簡易な内装、工事の必要のない設備、養生などの準備工事まで指定することは合理性に疑問が残ります。
搬入時にビル側の資産である共用部を通ることを理由に、信頼できる会社を指定されるケースがありますが、室内の使い勝手のことまで指定の会社にさせるという考えは通用しにくいといえるでしょう。
ただし、業者の指定に合理性があることと、その価格が高額であることは別問題です。ものの値段には合意が必要なため、指定業者を使った工事が高額であれば話し合い、適正価格発注は借主の正当な権利です。
話に折り合いがつかない時に判断を下してもらう手段が裁判ですが、テナントはそうなる前にまずは専門家に依頼して改正民法第621条を基準に工事範囲、価格が適正かどうかを査定依頼することです。法治国家は「すべてエビデンス」が交渉の基準であり証です。
オフィス機能を向上させた設備も撤去するという問題
例えばテナントの費用負担でLED照明を設置した場合、オフィス機能を向上させる省エネ設備なので、退去時にわざわざダウングレードさせるのはもったいない、と考える方がいらっしゃいます。しかし、契約で決まっている以上、これは原状回復しなければいけないものになっています。
もしLED照明を残したい(その分の工事費を抑えたい)という場合は、LED照明器具を原状変更する際にビルのオーナーと「この照明に関しては原状回復を免除する」という取り決めをしておく必要があるでしょう。※もちろん取り決めを証に残しておくことは絶対条件です。
事業用不動産の原状回復トラブルを回避するために
これまで見てきてお気づきかもしれませんが、原状回復でトラブルを起こさなくするポイントは「契約」や「特約」です。
こうした取り決めは、実は双方が納得するだけでは不十分です。ではどのような点に気をつけるべきでしょうか。
大切なことは「細かく決めること」です。取り決めの記述が細かいほど、争いになる可能性は低くなります。
例えば単純に「新品に戻す」というだけではなく、商品のグレード、またどのような仕様で戻すのか、考え方の差異がないように決めておくといいでしょう。併せて、どこをどのように戻すか、お互いがイメージできるように図面と仕様書を添付することが望ましいです。
原状回復工事が必要になる退去時は、入居当時の担当者がいなくなっているケースがほとんどです。
したがって、退去時にまったく違う人が見ても分かるような書類にすることが非常に重要です。
現在は、国際会計基準が使われるようになり、原状回復も資産除去債務として計上されます。特に環境債務はBCP(事業継続計画)と直結しており、経営者として真摯に取り組む課題となっているため、ビルの入居時はきめ細かい対応が求められているといえるでしょう。
そういう意味からも、専門家に契約書、特約をチェックしてもらうことは必要不可欠です。
原状回復の基準の起源~これからのワークスタイルは多様性~
原状回復やB工事などは、もともと日本における高層建築の夜明けである霞が関ビル群の開発がモデルケースとされています。三井不動産、鹿島建設、東京倶楽部、建設省(国土交通省)など日本を代表するデベロッパー、スーパーゼネコン、中央官庁により基準ができたとされています。
当時としては、床、壁、天井を貼替へ美装することは多くのテナントに支持され良い制度だとされていました。しかし、昨今のテナントはデザイン性やITネットワーク、働き方改革に対応すべく大幅に原状変更をデザインし、独自にカスタマイズするワークプレイスが多くみられます。それぞれの会社のワークスタイルが多様化している現在、ワークプレイスデザインも自由度が高く選択肢もいろいろあります。
一律に原状回復と移転先B工事でスクラップ&ビルド繰り返す、また指定施工業者による工事費高騰は社会的問題です。社会通念上認められないような費用を提示するケースは多発しており、その対策として改正民法第621条で原状回復の定義範囲、工事内容を明文化されました。
事業用不動産の原状回復で起こるトラブルは判例が少なく、業界の専門知識や法的な根拠をしっかりと把握していなければいけません。ネットで調べて解決できることは限られていると言わざるを得ない状態です。
「餅は餅屋」という言葉があるように、原状回復に関しては専門家に任せることが最も合理的です。一般社団法人RCAA協会及び会員企業は、法令遵守の姿勢で原状回復・B工事適正査定の推進活動をしています。退去時はもちろん、入居時もぜひご相談ください。