
原告・被告関係者の紹介と紛争のあらまし
原告(賃借人) | 株式会社T(以下、「甲」) |
被告(賃貸人) | M地所(以下、「乙」) |
被告(賃貸人の代理人)ビル運営の代理人 | MPM(以下、「丙」) |
原告代理人弁護士 | NK先生、担当弁護士TA先生(以下、「原告代理人」) |
原告宅建建築技術アドバイザー | RCAA協会萩原理事、小川理事 (株)スリーエー・コーポレーション各種有資格者 |
甲は、FX取引のプラットフォームを運営する東証一部上場企業である。社長及び役員は財務省出身者が多く、常に安定した実績の金融会社である。
乙及び乙のビル運営の代理人である丙は、日本最大の財閥系デベロッパー、同系列のビル運営及び建築、設備、請負会社である。 また乙丙の丸の内旗艦ビルであり、超大型スーパーハイグレードビルとなっている。
2015年に施工され、当初より甲は新築物件に入居した。
定期建物賃貸借契約(定借)終了のため、乙より再契約の場合は賃料増額という要望があったが、再契約はせずにオフィス移転を決定とした。定借終了に伴い、甲に原状回復義務が発生し、乙のビル運営の代理人である丙から提出された原状回復見積に驚愕する。その見積金額は5億622万円であった。この見積金額が適正金額なのかを知るため、Webで検索し、3社に絞り込みした。面談、ヒアリングのうえ、一般社団法人RCAA協会会員の(株)スリーエー・コーポレーション(以下、3AC)に業務委託することとなった。
甲管理部責任者H氏よりヒアリング
委託の決め手は、甲の法務部企業弁護士が調査し、裁判の実績・弁護士及び士業のメンバーの信用調査をした結果であり、3ACに委託することとなった。
紛争前解決を目指すも決裂、不本意であるが裁判で決着をつける。最大のリスクは敷金と遅延損害金リスク
物件名 | 丸の内Mスーパープレミアムビルディング ワンフロア 1,104坪 |
使用目的 | オフィス兼多目的ワーキングスペース、FXルーム |
初回原状回復見積 | 5億622万円 (坪単価46万円) |
再見積金額 | 4億4,000万円(坪単価40万円) |
適正査定金額 | 2億9,800万円〜3億2,000万円(坪単価27万円〜29万円) |
資産除去債務計上金額 | 3億3,000万円 (坪単価30万円) |
和解勧告金額 | 3億8,600万円(坪単価35万円) |
敷金(預託金) | 7億2,860万円 |
(千円単位:四捨五入・小数点:四捨五入)
※こちらのケースもオススメです。
初回見積5億622万円の協議内容は、新築時スケルトンで入居し、天井、壁、床をできるだけ基準階仕様の建築設備で設計施工指定(ビルオーナー指定)のスケルトンで入居したのに天井、壁、床を新品の建築資材に取り替えとなっている。 綿密な現地調査の結果、天井、壁、床で損傷してない資材を色分けし、面積チェックを行い、仮説諸経費を減額し4億4,000万円まで値引きさせ、値引き金額は、6,622万円となった。
乙丙の最終回答を受け
後一押しすれば2,000万円程度の値引きは勝ち取れるとの思いはあった。
査定額は、2億9,800万円〜3億2,000万円。強敵財閥系ビルオーナーの建築設備資材は、すべて特別生産品である。その特別生産品は、丸の内ビル群のオフィス仕様のためだけに製造された建築設備資材であるため、建築資材の仕入れ単価が分からないのである。
同品質の既製品で査定し、そのあたりを加味しても適正価格は3億円と思われた。クライアントの経営決断は訴訟であり、裁判やむなしであった。
ただし、敷金(デポジット)が原状回復義務不履行により凍結されること、明け渡し遅延損害金のリスク回避を絶対条件とした。
- 敷金返還については、条件付き原状回復発注書を弁護士名で提出。4億4,000万円の費用については、継続協議として7億2,860万円の敷金からビルオーナー指定業者の要望金額4億4,000万円を敷引きし、差額を速やかに返還すること。
- 乙丙指示管理のもと甲の所有権の動産を撤去、廃棄の指示があり次第、速やかにC工事として解体撤去を実施する。貸室のセキュリティカード全て返却を実施し、明渡しを履行する。
上記①②についての乙丙の回答は、
「敷金の差額は速やかに返還すること。C工事解体については、必要なし。明渡し遅延損害金の対象外とすること」を確約した。
争点のミエルカと結果

東京地方裁判所は、民事22部建築専門部会で審議することとなった。
立証責任は、原告(甲)にある。原状回復適正金額は、資産除去債務3億3,000万円を基準として3億2,400万円とした。これは、大手設計事務所の中立的立場の見積であり、信憑性が高いと判断した。(甲証1号)
- 適正費用3億2,400万円の費用根拠と信憑性(原状回復の詳細内訳:甲証2号)
- 実績…過去の乙丙との合意実績の確認 (甲証3号)
- 法令順守…弁護士法第72条の完全回避 (守備範囲の確定)
上記①②③の資料作成(以下、エビデンス)は、RCAA協会及び協会会員3ACの役割である。日本を代表する乙丙へ正当な甲の権利を主張するために、甲及び代理人RCAA協会3ACが一枚岩となり、図書、仕上表、工程表をエビデンスとして作成した。また3回の協議の結果、4億4,000万円まで乙丙は譲歩し、敷金の差額を速やかに返還しており、明渡し遅延損害金の対象外とすることを確約している。
それでも納得できないことを、甲とRCAA、3ACは原告代理人を通し、乙丙に伝えた。また、裁判もいとわずの姿勢で臨むことを、RCAA協会の萩原理事、小川理事、甲、代理人弁護士で確認し合い、裁判結果は3億2,400万円までは削減できず、3億8,600万円、削減額5,400万円と残念な結果であった。そして、裁判官の強い和解勧告で合意となった。
決算月をまたぎ、1年4カ月東京地方裁判所建築部会で闘った結果、甲乙の要求がそれぞれ50%認められ、痛み分けの合意となった。裁判費用も折半、弁護士費用も甲乙ともに負担となり終わった。
原状回復に関して、3つの問題(裁判の教訓)
- 新築ビルで入居、スケルトン入居なのでスケルトンが原状回復ではないのか?
- 重層請負構造により、元請一次二次三次の下請け請負構造によるあまりにも高額な原状回復費用。市場の競争原理とはいったい何なのか?
- 仮説、建築、電気、その他設備にすべて現場経費、諸経費が計上され、その上に全体諸経費、管理費を計上し、仮設、諸経費割合が30%を超える。これが公正なのか?
ロジックの構築と協議の結果の和解条件とは?
甲の代理人弁護士、甲の建築、設備、宅建の専門家は、常に2人で協議を行い、乙丙は弁護士を含む10人を超える専門家集団との協議、紛争であった。まさに桶狭間の戦いの裁判ケースである。
- 甲は、入居工事の設計施工について全面指定を全て乙丙とし、一任勘定している。入居の際、スケルトンで入居、甲の要望通りの設計施工を乙丙は実施している。原状回復においては、スケルトンにした後、貸方基準図書の通り原状回復することを甲乙丙で承諾、合意、捺印している。
結果として、原状回復は貸方基準まで回復する義務がある。入居工事の全面指定工事の単価は、スーパーグレードほど高額であったとしても、入居工事単価は原状回復工事といえども基準となりうる、との裁判官側専門委員の主張であった。 - M地所、MPM、T工務店、大手一部上場電機設備会社、中堅サブコン、現場技能士、専門会社などの重層請負構造による費用の高騰問題については、ビルメンテナンス上、安全・安心・快適を乙丙はテナントに提供することが優先であり、ビル常駐のメンテナンス業者がビルを知り尽くしているということから、アフターメンテナンスを行うことはビル管法を考慮するとの厳しい裁判官側の意見であった。
- 仮説諸経費の直接工事に対する割合については、甲の主張を全面的に裁判官側は認めた。
結論
足して二で割る残念な結果、それでもさらに5,400万円削減!
上記①②③を総合的に判断し、甲の主張を50%、乙丙の主張を50%という和解を強く勧められ、甲乙丙はお互い不本意ではあるが和解合意書を締結とした。裁判官側も判決を言い渡した場合、公の事実となり、原状回復の囲い込みビジネスモデルが崩壊することを恐れての和解の勧めであった。
甲が和解を蹴った場合、乙丙は最高裁まで争うことを想定し、甲の代理人、乙丙の代理人で和解書が粛々と締結された。
初回原状回復見積金額より1億2,022万円の削減、削減率21%、よって合意金額は3億8,600万円となり、足して二で割る残念な結果でした。
原告側甲の宅建建築専門家である萩原大巳と小川友幸の見解
- 入居工事の全面工事の賃貸人指定制度。入居工事(原状変更)の費用は原状回復工事の基準となるので、移転先B工事は安易に妥協せず、不本意であるが、工期、今後の業務を鑑み発注した旨がわかるメールなどの資料を残す必要を感じた。スケルトン入居については、賃貸借契約書、原状回復、入居工事など詳しい専門家にチェックを受けることは経営者の責務である。
- 重層請負構造は、建築関連七会連合約款によればNGであるが、ビル管法では、安全・安心・快適が第一である。当初より、原状回復の工事項目、費用、特別損耗の回復方法など、専門家の助言をいただき、契約締結時より詳細を決め、覚書、議事録に残す必要がある。
- 見積、諸経費については、甲代理人RCAA協会、3ACの専門家の意見が尊重された。
理事萩原よりコメント ~私たちの使命~
裁判の教訓

スクラップ&ビルドから、リユース、カスタマイズ、リサイクルの流れはGX(グリーントランスフォーメーション)により経営責任に向かいます。大手既得権益者の壁はあまりにも高く厚いです。この紛争の経験を生かし、あるべきオフィス移転の姿、第三の道など、オウンドメディアを通じて発信し続けていくことが協会のミッションであると強く認識しました。
コロナ禍でライフワークスタイルは激変しています。それでも丸の内大手町エリアの空室率は極めて低く、家賃も微増しています。
本件も定借締結の際、原状がスケルトンと確定していれば原状回復費用は1億5.000万円以下になった物件です。入居の際、ビル側から手数料をいただく業者はビル側の代弁者です。そしてデザイン&ビルド、リーシングまで子会社なのです。
賃貸借契約の内容について、デザイン&ビルドのことを誰に相談するのか?それは、社内弁護士でもわかりません。その入り口の問題が一番重要です。
私たちRCAA協会にぜひご相談ください。
「蟻の一穴」を信じて原状回復・B工事適正査定、賃貸借の公正を訴求し続けます!
本件担当者

執筆者兼宅建建築技術アドバイザー
萩原 大巳
一級建築施工管理技士
宅地建物取引士

建築設備アドバイザー
小川 友幸
一級建築士